2015年4月27日月曜日
龍飛崎編
こんにちは。今回は2014年の11月末に訪れた龍飛崎編です。
龍飛崎もずっと行こう行こうと思っていたのに何だかんだで月日が過ぎて11月も終わりになってしまい、年内に行くのはもう無理か、来年の雪融け以降になってしまうなあと悔やんでいたのですが、たまたま11月最後の日の天気予報が良く、最高気温も10℃前後まで上がるという事で、神様がくれたラストチャンスだとばかりに出発を決定しました。
ルートとしては市内から蓬田バイパスに乗って北上、蟹田で県道12号線に乗って西進、大平山元遺跡付近から県道14号に乗って三厩へ、三厩からは県道281号線・通称あじさいロードに乗って龍飛崎を目指す事にしました。
国道280号線蓬田バイパス、朝8時過ぎです。遅っ。
本当はもっと早く出られれば良かったのですが・・・朝6時くらいにここ通過が理想でした。
路面が少し濡れていますが、前の日に降った雨によるものです。
北海道新幹線の高架が見えます。そして田んぼの奥の方に見える白いのは白鳥です。
春にはまた田植えのシーズンが始まる。
米価は回復するだろうか。
蓬田には蓬田三山と呼ばれる3つの代表的な山があるらしい。
どれかに登ってみたいと思っている。
袴腰岳、赤倉岳、蓬田城址の案内表示。
左側には冬に備えて防風柵が組み立て済み。
この蓬田バイパスは田園地帯を通るため、吹雪の日はホワイトアウトするらしい。
動物注意の標識。描かれている動物は・・・タヌキ?
外ヶ浜町に入りまーす。
北へ一直線、三村申吾。
なんかこの碑は三村知事の名前までセットで読んだ方がいい気がする。
この先の信号で左右に分かれますが、左へ。
右側に見えるのが外ヶ浜警察署です。その前を通っているのが県道12号線。左折します。
大平(おおだい)山元遺跡付近です。左手にあります。
初めてここに来た時、たいへいざんもと遺跡?って読んでしまいました。
左側の建物が歴史案内所みたいな感じになっていました。
大平山元遺跡は縄文草創期の遺跡らしく、今から1万3千年前の遺跡という事です。
すごいなあ、そんなに昔に、この辺りに人が暮らしていたんですね~。
大平山元遺跡の信号で県道14号線に乗りました。
しばらく一本道です。
峠区間。
緩やかな登りが続いていきますが、小国峠前で少し勾配が上がります。
今別町のカントリーサインが見えてきました。
小国峠が境界になっているようですね。
北海道新幹線開業に向けて駅の工事中です。
新駅の名称は「奥津軽いまべつ」駅。隣には道の駅「アスクル」があります。
さて・・・新駅が開業すれば龍飛崎を訪れる観光客はここまで新幹線を使えるという事になります。
龍飛崎というのは県外の人にとっては津軽海峡冬景色で知っているというパターンが多いんじゃないでしょうか。
ごらんあれが たっぴみさき 北のはずれと
また、プロ野球の楽天イーグルスのファンの人は応援歌、
龍飛﨑から 磐梯山 はばたけ命 ある限り
の所で耳にしている事でしょう。
弘前公園の桜や夏に観光で青森を訪れる人で、興味がある人はこっちまで足を伸ばすという感じでしょうか。
ただここから龍飛崎まではまだ距離があるので、バスかタクシーを利用する事になりそうですね。
タクシーだとちょっと料金掛かっちゃうんじゃないかなぁ。じゃあバスかな?レンタカー会社・・・はさすがに出来ないだろうし、もしかしたら今別町にあるのだろうか。
調べてみたら、今現在は今別町方面にレンタカーはないですね。
ただ奥津軽いまべつ駅から津軽線に乗り換えて、三厩駅まで距離を詰める事ができます。
なので三厩駅からバスorタクシーという感じですね。
陸奥湾の平舘方面。
この辺にも山が連なっています。
そこから進んで行くと、左手の高い所に神社があります。
急な階段になっています。
ほんとに急だし、草や石があるし、つかまる棒とかが一部一部にしかないので、高齢者は危ないんじゃないかと思いました。(・∀・;)
ここは岩木山神社という名前です。
あの岩木山から来てるんでしょうか?
大川平(おおかわだい)の集落の方が見渡せる。
急勾配というものは登りよりも下りの方が怖い。
今別町に到着。県道14号線から国道280号線に乗り換えます。
ここは津軽海峡線のトンネルとトンネルの僅かな間にある公園だったのですが・・・工事中でした。
何になるんだろうか?
以前はここで特急列車の写真を撮りに来ている人がいたりしましたね。
函館方面。
工事中。
前略 岬には元気な風が吹いています。
こういうの好きだなあ。
もっとも、今日は風の穏やかな日でしたが・・・。
県道281号線、あじさいロードに乗ります。
これ緑色の看板なんですけど、珍しいですね。
登りが始まります。良い感じですね。
あじさいロード。
その名の通り、道の両脇にはあじさいが続きます。
これは排水設備なんでしょうか?
土木や治山に詳しい人なら推理できるんでしょうね~。
ガードレールのデザインにもあじさい。これは紫色。
県道281号線のヘキサ。
ここまで散歩をしている人をちらほら見かけました。
この時期だと車も少ないだろうし、好適の場所ですね。
あいさつしてくれた方がいたのでこちらもお返ししました。
義経寺へはこちらからもアクセス可能。
最初「よしつねでら」と読んでいたのですがそれは間違いで「ぎけいじ」と読むようです。
ガードレールあじさい、こっちはピンク色ですね。
義経寺から中浜地区治山工事の案内板。
文字がかすれてしまっていて読めませんが、難所だったという事でしょう。
東北森林管理局ないし青森森林管理署の方!文字塗り直してくださ~い。
鐘。
大晦日にはこの鐘が鳴らされるのかな?
義経寺より三厩湾の眺望。
この防波堤はちょっと釣りをしてみたいなあ。
表門という事でいいのでしょうか。
仁王像が迫力あります。
義経寺をあとにしなおも進むと・・・あーっ!
なんと冬期閉鎖の看板が・・・><
この路線は冬期閉鎖路線だという事を全く考えていなかった。
しかし・・・道路の右側半分には車止めがなく、中途半端な状態。
見ての通り雪はまだ積もっていない。
予定日が来たからとりあえず看板を置いたのか、それともこの路線はこの状態で閉鎖完了なのだろうか?
この先の道路はなおも登り続けているのだがそのラインがいかにも登ってみたいと思わせるような感じであり、通っていいなら是非通りたい。
通れない場合は左側から降りて国道に合流する事になる・・・。
立ち止まって考える事5分。
左側へ。(´Д`;)
冬期閉鎖に入っている路線内でもし事故でも起こしたら面倒な事になるだろうな・・・と。
しかし実施が11月24日ですか・・・あと1週間早く来てれば。
という訳であじさいロードから国道339号線へ移りました。
もっとも、こっちの道が昔からあった道路のはずなので、こっちが本線と言うべきなのでしょう。
のり面工事のコンクリートの一部が裂けて?しまっていました。
先の方を見渡せる。トンネルが見えますね。
鐇泊トンネル。
最初なんて読むんだ、とわからなかったのですが、「まさかりどまり」と読むそうです。ほー。
龍飛まで4km。あと少しだ。
しかしこのトンネルはいかにもトンネルそのものという感じですね。
津軽海峡方面。
波が打ち寄せてくる。
弧を描きながら道は続いていく。
風力発電の風車が見えてきました。
風の強い龍飛崎ならではの発電ですね。適地適電。
龍飛岬という言い方と龍飛崎という言い方がありますが、どっちが正式とかそういう事はあるんだろうか?
自分の地図には龍飛崎と書いてありました。
第10号洞門の案内板。
いくつものトンネルがあるという事ですね。
第10号洞門。
うーん、絵になりますね。
今日は龍飛崎にしては風が弱い日だと思います。しかし波は元気良く打ち寄せていました。
龍飛崎の先端にあるのが帯島。
道路脇にあった洞門。
これはかつて使われていたのだろうか。
ちょっとした公園があり、そこに太宰治先生の銅像が。
岬の近くまで民家が並ぶ。
自分が想像していたのとは違って、龍飛崎は本当にその先端部分まで民家が並んでいて、「果て」とか「寂しげ」という感じはなかった。
もっとも、龍飛崎灯台などへは途中の道からぐぃっと坂を上がって行く事になるのだが、そちらの方はさすがに民家とかはない。
ここに来る途中の民家の木の所に、サルが4~5匹民家の木につかまってキィキィやっていたのに出くわし、びっくりした。
この辺りはサルが出没する事は珍しくないのだろうか。
変に刺激して襲いかかられるとまずいと思ったのでそのまま通り過ぎたのだが、なかなか体格がしっかりしていて、それでいて敏捷性に優れている感じがしたので、こっちがやられてしまうだろうなと思った。(・∀・;)
帯島では釣り客がちらほらいた。
この季節でも釣りに来るんだ~。
岩場になっていました。
龍飛崎郵便局。
外壁に龍の飾りが。
地図を見るとこの郵便局の少し手前の下を津軽海峡線が通っています。
さて下の方は奥まで行ったので、いよいよ上にあがります。
青函トンネル工事の殉職者の慰霊碑があったので手を合わせて行くことに。
津軽海峡冬景色の歌碑。
ボタンがあって、それを押すとメロディが流れるとか。
上から帯島を。
有名な「階段国道」。
しかし階段国道も凍結のおそれありという事で冬期閉鎖になっていました。
362段あるそうです。長い!
上から写真だけ。うーん歩いてみたかったなあ。
案内板。まとまっていると思います。
日本三大潮流のひとつ、龍飛潮流。これは知らなかった。初めて聞きました。
龍飛埼灯台。
この場合に使われる漢字は「埼」という字なんですね。
周りは何もない。海が広がる。
ここが岬の先端部分になると思います。
何やら無線的な装置が沢山・・・。
函館方面。天気が良ければ見えるはずです。
龍飛埼灯台から振り返って。
これは小泊方面です。
小泊というと、ずっと昔、伊奈かっぺいだか三上寛だかと地元のお母さんらしき人が出ているCMが今でも頭に残っていて、
「おかしな村だっきゃー」 「こーどーまり」
というフレーズを今でも覚えています。
それとこの方面は龍泊ラインと呼ばれていて、いつだったかNHKのこころ旅で青森県を訪れた火野正平さんが通ったと記憶しています。
自分もいつかこの龍泊ラインを通ってみたいです。何やら自転車にはしんどいルートのようですが・・・。
日本海方面。
ずっと水平線。
下の方に降りて歩けるコースが整備されていました。
龍泊ラインも冬期閉鎖路線。
この写真のように、冬期閉鎖はこうやってガッチリ閉鎖するのが普通だと思うんですよね。
だからやっぱりあじさいロードのは、天候を見ながらという事でまだ完全閉鎖はしいていなかったんじゃないかな、と思った訳であります。
という訳で、帰りはあじさいロードを通る事に。
龍飛崎側のあじさいロード入り口にもバリケードがあったのですが、こっちも片側だけであり、車の出入りもあったので通らせてもらいました。
これはそのあじさいロードから下道を撮ったもの。
あじさいの季節はとうに終わったと思いきや、こうしてまれに遅咲きのあじさいが咲いていました。
皆と一緒に盛りの時に咲く事はできなかったけど、しかし、遅咲きだったからこそこうして今通りすがりの自分はあじさいの花を目にする事ができた。
あじさいロードを走り終えて戻った所の一枚。
なにかこの風景の雰囲気が好きだったのでパチリ。
あじさいロードは結構長く感じました。時間に余裕を持ってゆっくり走りたい道路ですね。
国道280号線を通って帰路へ。
今別町の海岸には眺めのいい場所が。
足を伸ばして一休み・・・。
本当は長々と休んでいたいんですけどねw
今回は出発するのが遅過ぎた・・・。
海岸線に沿って、道がある。
なぜか赤根沢の赤岩でしめくくる今回の龍飛崎編。
結局龍飛崎にようやく初めて訪れた訳ですが、想像していたのとは違って自分としては「果て」という雰囲気を感じるような所ではなかったのが意外でした。
今回は穏やかな日でしたが、いつもの龍飛崎であれば強い風が吹いているんだと思います。
いつか龍泊ラインにチャレンジできたらと思います。
この日のあと、すぐに青森は早い雪が降り始め、一旦融ける事もなく真冬に突入しました。
本当にシーズンの最後の最後に好天の機会を与えてくれた神様に感謝です。
2014年9月8日月曜日
小牧野遺跡&下湯ダム運動公園編
こんにちは。今回は青森市の小牧野遺跡と下湯ダム運動公園です。
青森市の遺跡という事では国特別史跡である三内丸山遺跡が全国的にも知名度が高いですが、小牧野遺跡も国指定史跡になっているれっきとした遺跡なのであります。
特別史跡は全国で61件しかなく(2014年3月18日現在、wikiより)、青森県内では三内丸山遺跡だけです。
近い所では北海道の五稜郭、岩手県の中尊寺境内などが特別史跡に指定されています。
なるほど、あのクラスだという訳ですね。
さてしかし、今回は小牧野遺跡です。
小牧野遺跡は高田方面にあります。青森空港方面と言ったほうがいいかな。
また下湯ダム運動公園は下湯ダムに併設されているような感じの公園なのですが、これまた結構遠い所にあります。
堤川浄水場から更に奥に進みます。
まずは、小牧野遺跡に行ってみましょう。
国道7号線からスカイブリッジ方面へ進行し、スカイブリッジの麓の信号を越え、県道44号線付近の市道を通ります。
スカイブリッジ交差点を通過してから県道44号線~県道122号線を通るルートもあるのですが、この市道を利用すると真っすぐで信号もないので楽なのです。
地元の人が利用する道という感じですね。
この交差点を直進なら青森公立大学方面、左折・右折は県道122号線でここを右折します。
県道122号酸ケ湯高田線、です。
そうです、酸ケ湯まで続く県道がこれなのです。しかし、地図で見るとわかるのですが、この県道は結構厳しそうな県道です。私は122号線を通って酸ケ湯まで行った事がないのでわからないのですが、多分途中からは未舗装だと思います。
なおこの少し先が左右の分岐になっているのですが、右へ進みます。
この辺は野沢という地名で良いのだろうか。前方に小さい黄色の看板が出ているので、指示通りに右折します。
右折して少しで右側に2012年3月で閉校した野沢小学校があります。
同校は現在、小牧野遺跡保護センター(仮称)として改築中で、2015年5月にオープン予定のようです。
そういえばこの野沢小学校の学区であっただろう高田中学校は2011年に閉校しましたが、前までは校舎は現存していたのですがこの日見たら校舎は取り壊されて無くなっていました。
人口減少という言葉を最近よく耳にしますが、青森市も同様で、確か向こう10年以内にガクッと小中学生の数が減る時期に突入するとか。
その頃には他の学校でも統廃合が進むかも知れません。
しかしよく考えると青森戸山高校も閉校になったし、青森市の人口はそう変わっていないように見えても、それは寿命が伸びた事によるものだとすると、子供の割合は減っているのだろう。
とにもかくにも、人口が減ると、それまで行っていたサービスの種類や水準を維持できなくなるのではと思う。
あちこち自転車で行っているとわかるのだけど、例えば道路なんていうのは、放っておけば脇から草がどんどん伸びてくるので、管理が大変なものだ。
人の手を入れないと、あっという間に自然が自然に還そうとする。
人の往来が少ない道路はあちこちにあるけど、そういう道路も現在の水準で管理できるかどうか。
また郊外にあるような集落では、人口減少が進むと商店や病院などの利便性から、中心部へ引っ越す人が増えるだろう。
不便でも残るのは、ずっとそこで暮らしてきた高齢者がほとんどだ。現代の若い人は、あまりその地に未練なく去る。
過疎が進むと役場と墓しか残らなくなる、という言葉が現実となる時代は遠くないのかも知れない。
閑話休題。
さて野沢小学校を過ぎて少し進むと三叉路があります。案内看板通り、左折します。
曲がるとすぐに舗装が途切れます。ここからは坂道になっていて、登りが続きます。
これは何でしょうか。
結構距離があります。
やっと着きました。
駐車場にプレハブ小屋が建っています。ミニ資料室だそうで、小牧野遺跡に関するパンフレットなどがあります。
写真の展示物。
世界遺産に。しかし、世界遺産も増え過ぎるとどうかなと思ってしまうのは私だけだろうか。
キャッチフレーズ付きのポスター。
小牧野遺跡の目玉は環状列石だそうです。環状列石は祭祀の場所だったと考えられています。
今から約4,000年前の縄文時代の遺跡。
環状列石に使われた石は近くの荒川から運ばれたと考えられているそうです。
一番重い石は493kgもあるとか。
小牧野遺跡の環状列石は石の組み方が特徴的で、楕円形の石を縦に置き、その両側に平らな石を数段積み重ねて並べられおり、この縦横交互の列石は全国的にも珍しく、「小牧野式」配列と呼ばれているそうです。
人の墓や食べ物を貯蔵していた貯蔵穴も見つかっています。
写真には木彫りのフクロウが映っていますが、この遺跡には他にも動物の木彫りの像がありました。これはもちろん現代の人が作ったものでしょう。
土抗墓。人のお墓です。100基以上見つかっているとか。
これを発掘した時に、人の骨は中に残っていたのだろうか。
展望所があるようなので行ってみましょう。(・∀・)
途中にリスさんみーっけ。(・∀・)
展望所です。おおー。
小牧野遺跡は何と言うか、昔の雰囲気がする場所でした。
小牧野遺跡をあとにして、下湯ダム運動公園に向かいます。さっきの県道122号線を奥へ奥へと進みます。
途中、かもしか注意の標識に遭遇。
堤川浄水場。
稲荷神社。迫力のあるしめ縄がありますねー。
この横にさらに鳥居が2つ並んでいました。こんな風に鳥居が横並びになっているのは初めて見ました。
さらに進んで行くと左手に大王龍神大神。名前の由来を知りたくなりますね。
少し進むと左手に青森散弾銃射撃場の看板が。
この先にあるようですが、何やら看板があります。
この先は東北電力の専用道路のため、地元地区である大柳辺町会住民と社団法人青森県猟友会会員以外の無断通行は禁止されているそうです。
どちらでもないワタクシは、U!ターン。
下湯ダム運動公園が近づいてきました。
左→下湯ダム運動公園、右→下湯ダム管理事務所。左へ。
ちなみにこの先の道路なのですが、幅員が狭くなり見通しの悪いカーブが続くので、減速のうえ対向車にじゅうぶんな注意が必要な区間でした。
ダム施設の一部が見えてきました。
水路。結構迫力があって、その場にいると怖かったので素早く通過。(・∀・;)
下湯ダム運動公園に到着。結構広い公園です。
草が伸びていたのですがこれから草刈り業者が入るのだろうか。
テニスコート。コートは普通に使えそうですが、ネットがありませんでした。
正面の山に岩が露出している。名前でもつけたら良さそうだと思いました。
白鳥鴻彰(しらとりこうしょう)翁の記念碑。同氏は明治-大正の青森県議会議員で、旧民有林が国有林に編入されてしまった際に、その返還を求めて裁判を起こし、勝訴したそうです。早稲田大学の前身の東京専門学校出身で、弁舌に優れていたとか。
荒川小学校の校庭に胸像があるそうです。
白鳥鴻彰氏の記念碑から少し奥に進むと、青看がありました。
酸ケ湯まで14km。この道路は下湯平成湖に沿って続き、下湯ダム管理事務所を通過しているさっきの県道122号線に合流します。
まあ要するにこっちからも県道122号線に合流できるという事なのですが、この道路状況を見て突入する人は少ないだろうなあ。ほとんど交通量はないと思いますけど、万が一のすれ違いはできそうにないし。(・∀・;)
下湯平成湖。下湯ダムは1988年竣工。
案内板。
自分が訪れた時は午後6時という事もありますが、人影はありませんでした。
しかしそれ以上に、普段から利用されているような気配はあまりしませんでした。
この日はこの他に一箇所寄り道をしたのですが、何だかんだで走行距離が100kmを超えていました。
青森市も広いなあ~と思った一日でした。
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